2017年09月17日

岡崎由美先生と行く四川武侠ツアー『2.麻婆過江 マーボーへの道』

2017四川武侠ツアーマップ

四川では、戦国時代より「蜀錦」と呼ばれる錦織が盛んにつくられていたため、成都は「錦城」と呼ばれていた。五代十国時代、四川に後蜀という国が起こり成都城内にたくさんの芙蓉を植えたため「蓉城」とも呼ばれている。
街中を流れる川で蜀錦を洗っていたことから、川は「錦江」と名がついた。錦江は岷江の支流で、岷江は長江の支流である。

ホテルからバスで市内を西に移動。途中の橋が「送仙橋」と書いてあった。
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後で調べてみると、この近くに四川最大の道観「青羊宮」があり、橋もそれに関係する由来があるようだ。
唐(もしくは宋)の頃、元宵節の前後に青羊宮では今で言うライトアップがされ毎夜とても賑やかだった。
そんな日のもう空が白み始める頃、錦江にかかる石橋に一人の秀才が通りかかったところ、怪しげな二人の男がいるのに気がついた。一人は橋の上に横たわり大口を開けて眠っている。もう一人は、その男のすぐ上の欄干で同じように大口を開けて眠っていた。
よくよく見ると上の男の口からヨダレが垂れて、下の男の口に流れ落ちている。秀才はこれは「呂」の字ではないかと思い至り、男の正体は八仙の一人、呂洞賓ではないかと気付いた。呂洞賓も祭りを見に来たのかと思っていると、朝日の光が差し込んできて怪しい男たちは朝靄に溶けるように消えてしまった。
この話が伝えられ送仙橋と呼ばれるようになったという。
私だと口から口へヨダレが…というところで「うげぇぇぇ」となるので、骨格としての仙骨しか備わっていないのだろうと思う。
ちなみに送仙橋付近は成都でも一番大きな骨董品街だそうだ。

ほどなくバスは四川博物院の駐車場で停車。ここから歩いて店に向かう。
日本でもよく知られるが、ここは四川成都、本場中の本場の「陳麻婆豆腐」である。



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ここの個室で1時間ほどの岡崎先生の講義の後、夕食になる…はずだったのが、予約は通っていたものの個室に別の客を入れていたらしく行き場がない。まあ気にしないという一行と激おこの李さん。
少しして、とりあえず講義だけでもできるようにと広間に移動して腰を下ろしたら、個室が空いたとまた移動。
やれやれと腰を落ち着け、岡崎先生に始めてもらおうとしたところ、後からのはずの料理をもう運んでくる店員。激おこ李さんが再度話をつけている間に、ようやく岡崎先生の講義が始まった。

「四川省名山の旅 三題噺 神仙×薬材×武侠」
・四川省は日本の1.3倍の面積があり、三星堆遺跡で知られるように大変長い歴史がある。
・チベットや雲南、青海などの少数民族と接していたり、シルクロードを通ってきた西方文化が流入したことで国際色豊かでエキゾチックなイメージもある。
・明末清初の戦乱や飢饉で古代から続く四川の人口が激減し、その後湖北、湖南、貴州、広東から入植し、それが現在の四川の人々の直接の祖先となっている。飢饉を救ったのは外来種のトウモロコシだった。
・四川は天然の要害の地であり、豊かな土地と水に恵まれるため「天府の国」と呼ばれる。
神仏と名山
・中国の神山霊峰には道教の聖地「洞天福地」があり、神仙の住むユートピアへの入口とされる。
*「洞天福地」は、十大洞天、三十六小洞天、七十二福地などがあり、青城山が第五洞に通じるとされる。三十六小洞天の中には峨嵋山や五岳のうちの4つが含まれ、七十二福地には武当山などが含まれる。
・神仙世界に至る道はおおむね洞窟や穴で、そこに迷い込んだ人間が神仙世界で短期間過ごす間に人間世界では100年過ぎていた…というのが仙境訪問物語の定番。浦島伝説もこの一種。
・青城山の話では、薬草取りに山に入って穴に落ちて神仙に出会う話。
・峨眉山は仏教聖地だが、それ以前から神仙の伝承が多く残されている。
神仙と薬-成都の薬市
・明代の中国各地の民情風俗を詠ったものに、「天下に九福あり、京師(北京)は銭福、眼福、病福、屏帷福、呉越は口福、洛陽は花福、蜀川は薬福、秦隴(甘粛陝西あたり)は鞍馬福、燕趙(河北)は衣裳福」というものがあり、「蜀川は薬福」つまり四川は薬が特産。
・唐代の話、今の四川省綿陽のある男が得道して9月9日に昇仙した。これ以来薬売りたちがこの街に8日の夜から集まり薬を商い明け方に解散する「薬市」を始めた。宋代には11日まで3日間行うようになった。
・宋代には薬市は成都を中心に賑わった。四川のほか雲南やチベット、ミャンマーなどの薬も集められた。
・明清時代には、広東とともに「川広薬材」と並び称され全国に流通し、外地の商人たちが四川や広東を行き来して薬を仕入れ、巨万の富を築いた。『金瓶梅』の西門慶も父の代に川広薬材の交易で成り上がった豪商の設定。
・成都の薬市は、寺院や道観の門前市として開催されていた。不老不死の仙薬のイメージから薬効をアピール。
・薬市に、神仙が紛れ込んでくる話もたくさんある。
薬と武侠
・唐宋時代には剣術は神仙術とイメージが結びついていた。
・『水滸伝』の打虎将李忠も大道武芸を見せながら薬を売っていたように、武術と薬の関係も深い。
・「峨眉盗」という峨眉山の盗賊の話があり、軽功に優れるだけでなく「縮骨丹」という薬を飲んで自在に体の大きさを変えられたという。
*この人物は峨眉緑林派もしくは緑林侠家に連なるものという説がある。
・近現代の武侠小説で、四川の薬といえば「四川唐門」。「蜀中唐家」ともいい暗器と毒薬の使い手の一族。五毒神沙手の四川唐大嫂など、多くの武侠小説に登場し、清代の講談小説にもそれらしきものが登場するが虚構のもの。
*ただし、毒薬はないものの暗器を得意とする「唐家門(家)」は存在したという説がある。

いやあ、岡崎先生の講義はミニとは思えない充実した内容でした!
さあ、そろそろマーボーをいただくことにしましょうか!
え?私も話さないとダメですか?資料を読んでいただければそれでいいのですが…ダメですか。
ということで、岡崎先生の素晴らしい講義の後でグダグダな峨嵋武術の話をすることになった。

続く
ラベル:武侠 武侠ツアー
posted by 八雲慶次郎 at 18:35| 兵庫 ☁| Comment(0) | 武侠 | 更新情報をチェックする
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