2009年03月23日

山口幇会旅日記のこと・其の六

なんとか忘れないうちに書かないと…というかもう忘れかけている。
細かいところは、まあ見なかったことにしてください。


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ホテルからの眺め。
まだ降り出してはいないものの、どんよりとした曇り空です。
フェリーの中で見た天気予報では、昼ぐらいから雨は降るが気温は昨日よりも上がるといっていた。

だが…。

ノドの荒れはもうどうしようもないので、炎症をすこしでもおさえるしかない。持ってきていたキネシオテープをおまじない程度で使い、あとはノドスプレーで乗り切るだけだ。
朝、今日は気温が上がるだろうと見越して下に着ていたシャツを一枚脱いだ。
朝飯は私だけが和食で皆さんは洋食。朝食は滅多に写真に撮らないので画像はなし。焼き魚が塩辛すぎた以外はまずまずだった。

9時前にチェックアウト。今日の最初の目的地は愛新覚羅社です。
愛新覚羅社は下関から北にしばらく行き、日本海側の海岸にも程近いところにある中山神社にあります。
ここには愛新覚羅溥傑、浩、慧生の三人が祀られているそうです。
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宣和堂さんはここで愛(新覚羅)のお守りを買っていました。

参拝の途中でぱらぱらと雨が降り出し、気温も上がるどころか下がっているようでした。風が強いせいかも。
一行は次に東へ走り瀬戸内側にある長府へ。
長府は長門国の国府が置かれたことから名がある城下町。このときは風邪のせいで集中力がなかったので思いつきもしなかったが、城はどこかと後で調べたら少し南の海沿いに櫛崎城跡が関見台公園になって石垣が残っているようだ。城そのものは一国一城令で取り壊されている。

たしか最初に乃木神社に行ったと思う。乃木希典と静子夫人が祀られているそうな。なんか馬も。
宝物殿か資料館かなんかはほとんどが"珍しい石"で占められていた。
かなり寒いので手袋を出す。
そのまま歩いて忌宮(いみのみや)神社へ。あまり覚えていない(^^;
雨が強くなってきたので傘をさして車に戻ったような気がする。

次に長府毛利邸へ。
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ここは明治時代の毛利家の邸宅だ。中に入ると各部屋に花が活けてあり庭の眺めもなかなかよい。
しかし、板の間だけでなく畳の上も寒い。かろうじて緋毛氈のところは大丈夫だが、他は足先が冷えてくる。
明治天皇が宿泊した部屋などを見て、庭にも出られるようなので外へ。
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中に戻ったあと抹茶とお菓子をいただく。その部屋は暖かくてほっとする。

ほっとしたのも束の間、次の功山寺へ歩いて移動。
功山寺は長府毛利家の菩提寺で、高杉晋作の回天義挙の地だそうな。
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高杉晋作の銅像の前で団体観光客にガイドが説明していた。
実のところ私は高杉晋作とか坂本竜馬とかの幕末の人物にはあまり興味がわかない(^^;
剣士なら少しは興味はあるが、戦国や江戸初期の人物にくらべるとそそられるものがない。そのため歴史的な事跡もあまり覚えていない。
風邪だったので逆にテンション上がらなくてよかったかもw

このあと小雨のなか静かな佇まいの小道をいく。両側が練塀でなかなかの風情だ。
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一回りして車に戻ると12時を回っていた。

一行は海沿いの道に出て下関方面へ。窓から見るだけでも潮の流れが速そうなのがわかる。さすが壇ノ浦。
源義経と平知盛の像や長州砲を窓からちら見し、関門橋の下をくぐって赤間神宮前に着いた。
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船の汽笛の音が大きく聞こえる。雨風がしだいに強くなってきた。

次回で最後です。
ラベル:山口幇会
posted by 八雲慶次郎 at 23:00| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>櫛崎城跡が関見台公園
へぇえ~知りませんでした!
関見台公園は、
中に入れるクジラの大きな模型がある、
という認識しか…(^^;
時間があれば寄ればよかったですね!

いやはや、この日はホントに寒かったですね。
おっしゃる通り、幕末好きな方がおられなかったので、あまり盛り上がらず…(^^;
Posted by 阿吉 at 2009年03月24日 22:18
>阿吉さん
櫛崎城跡の石垣はごく一部だけみたいです。
クジラの巨大模型も気になりますw

幕末というか源平のころもあんまり興味がないので(^^;;;
皆さんのように歴史の勉強もしていないので、流れがつかめないのも原因なんでしょうね。
Posted by 八雲慶次郎 at 2009年03月25日 19:27
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